2009年4月21日火曜日

私の地球の歩き方

   
週末、些細な事で妻と口論になった。
子供の机の高さ調節で、いきなり取り掛かろうとした私に対し、説明書を読んでからにしろと妻が文句を言ってきたのだ。
諍いはいつもささいな原因であり、いつも私が戦意喪失して終わる。

その口論の時、ふと学生時代の卒業旅行の事を思い出した。
ラグビー部の同期のKと二人で行ったオーストラリア3週間の旅である。
何事も慎重なKは全行程にわたって計画を立てようとし、すごろく方式の旅を望む私とは事あるごとに衝突した。

「宿は現地についてから探そう」と言う私をこの世のものとは思えないものを見るような眼差しで見つめるK。わかってはいたものの対照的な性格。
議論の末、妥協の産物として日本から予約していく宿は、現地で当日確保が困難であるエアーズロック2泊とあらかじめ旅行会社指定の4泊の合計6泊のみ、あとは現地で選ぶ、ただしその先はあらかじめKが調べて行ったところを優先する、というところでスタートすることになった。

行く先々で宿探しから始める旅、というのも素敵じゃないかと考える私と、もし泊まるところがなかったらどうするのだ、というK。
「そんなの何とでもなるし、なけりゃ野宿したっていいじゃないか」なんて私も言うから大変であった。Kはあらかじめ宿をピックアップしておく事で安心し、私はその場で「今晩泊まれる?」と交渉する楽しみを得られるところでの妥協だった。

二人の主張はお互いの性格の違いだ。
旅行の間中、
「そんな誰かが行ったところを回って、その通りだったと確認する旅が面白いか?」と私が言うと、
「せっかくオーストラリアに行ってつまんない経験しかできなかったらもったいないだろう、確実に楽しめるところに行くのは当然だ!」とKは反論する。
当時は自分の考え方が正しいと信じていたが、今になるとKの気持ちもよくわかる。

それでも4年間苦楽をともにした仲、お互い妥協しあった。
Kがガイドブックから選び出したレストランに二人で行く。
ガイドブックに載っているお勧めメニューを食べて満足するK。
一方そんなKを横目で見つつ、せっかく話しかけるならときれいなウエイトレスさんを探してキョロキョロし、答えを聞いても理解できないのにお勧めメニューを尋ね(結局Kと同じものを食べた)、生バンドには勝手にリクエストし、と私もそれなりに「ガイドブックに載っていない旅」を楽しんだ。

しかし、とうとう最後のケアンズで大喧嘩。
4泊5日のケアンズは別行動を取ることになった。
と言っても、お互い懐が寂しいので泊まる部屋だけは同じにした。
朝起きると口もきかずにそれぞれ出て行く。
最初の日こそ一人寂しく後悔したものの、夜になって部屋での沈黙に耐えかね、ホテルのバーに一人繰り出したところ、現地の旅行者たちと意気投合。
それから毎晩、片言の英語でやり取りをして楽しい夜を過ごした。
トイレで並んで用を足しながら、互いに覗き込んで、それは英語で何と言うのだ、日本語ではどう言うのだ、などと話したのはいい思い出だ。

「俺は砂漠でバーを経営している、お前も来て一緒にやらないか」、とバーの写真を見せられた時は心が動いた。贅沢ではなくても心豊かに生きているオージーたちの生活に溶け込みたいと強く思った。興奮と酔いとで部屋に戻ると、高鼾で寝ているKに対して「どうだ、地球の歩き方に載っている旅は?」と心の中で勝ち誇った。
結果的にケアンズでの滞在は、オーストラリアでもっとも楽しい4日間となった。
旅先に持っていった「地球の歩き方」も結局、新品同様の状態で長く本棚に眠る事になった。

その後互いに別々の人生を歩んでいるKとは、たまにラグビー部の同期の集まりで会っている。
もちろん、今では何のわだかまりもない(たぶん・・・)。
ただあの4日間については、Kが何をして過ごしたのかいまだに知らない。
お互いに自分のしたい旅をしたのであるからそれでいいと思っているし、今ではKを批判する気持ちはサラサラない。

その後、旅行もデートも基本的には「その場でサイコロ」方式だ。
けっこう失敗もしているが、それもあとから振り返ればいい思い出だ。
これからも計画的にきっちりと、とは性格的にできそうもない。
「ガイドブックに載っていない旅」は、これからも妻の逆鱗に触れない程度に続いていくと思うのである・・・
      

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