2009年1月30日金曜日

今この瞬間を

    
「あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日」
                        韓国のベスセラー小説「カシコギ」


伯父の葬儀で訪れた御代田の町。
短時間のショートステイでは何度か訪ねていたが、考えてみれば泊りがけで行ったのは14年振りだった。通夜と葬儀の短い合間合間にあちこち散歩した。
なんだか無性に懐かしくなったのだ。

都会では考えられないくらい広い校庭の小学校。いとこが通っていた学校だ。
夏休みには何食わぬ顔で一緒にプールに入って泳いだ。
当時の木造校舎は跡形もなく、廃校となったその場所は校庭こそそのままだが、校舎の跡地には銭湯ができていた。

今思い出してもレトロな駄菓子屋は、錆付いたトタン板で戸口をふさがれていた。
カブトムシを取りに行ったあたりには国道に通じる道路が通っていた。
バッタやカエルやザリガニを取った田んぼはビジネスホテルの駐車場に、伯母さんの作ってくれたおにぎりを持って遊びに行った神社の横にはパターゴルフ場ができていた。
いとこと野球をした空き地にはアパートが3棟連なっていた。
もうあの頃の御代田ではなくなっていた。
30年も経つのだから当たり前だ。

銀行に入って20年。
最初に配属となった思い出の支店は建て替えられて、場所こそ同じであるが近代的な商業施設の中にあり、自分がいた頃の店舗は影も形もない。そのあと転勤して勤めた3店舗もすべて同様だ。
かつての思い出の場所で、もはや記憶の中にしかないというところも、数えてみればかなりある。
それだけ無情な月日が流れているのだ。

何だか年寄り臭くなった。
もう一度訪れてみたいあの頃のあの場所。
もう一度経験したいあの時。
それらはみなどんなに努力しても叶わぬ夢なのか。

これからそういう場所や時間がますます増えていくのだろう。
そうしていつか気がついたらそんな思い出ばかりになっているのだろうか。
ひょっとしたら何気なく生きている今このひと時であるが、20年後の自分が戻りたいと渇望しているひと時かもしれない。そう思うと、回りのものが何だかどれも大切なもののように思えてくる。

今は煩わしいと感じている事もひょっとしたら後から無性に懐かしくなって、その思い出に涙ぐんでいるかもしれない。思い出に浸るのは心地良く、心にも大切なひと時であるが、何よりも時計の針は動き続けている。当たり前の事であるが、今このひと時を大切に生きないといけない気がする。

毎日の仕事に精を出し、ミュージカルや映画を観て本を読んで心の充実感を満たす。
家族や友達と何物にも代えがたいひと時を過ごす。
ありふれた言葉であるが、「今を生きる」のだ。
そうして年老いてよぼよぼになった時に、いい人生だったと振りかえりたいと思うのである・・・

    

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